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平成18年11月11日 一瀬 俊夫 先生に 鶴一分教会にて 御揮毫いただきました。85歳筆 |
| 一瀬俊夫先生寄稿 |
もともとこの文例集は、平成十三年秋、神奈川教区祭儀部主催の講習会の参考資料として作成したのを機に、加藤さんから鶴一の今までの祭文(約五十年間・諸祭を含めて)をインターネットのホームページで紹介したいとの申し出があり、少しでも皆様のお役に立てるならと快諾したのが出発点でした。 私は教会でのよふぼく・信者の成人を願う上から、参拝場止まりでの信仰には限界がある、いかに神床(上段)に上がっていただく信仰へ結びつけるかを大きな課題として取り組んでおりました。 そこで、信者さん、又それに準じる信仰のない身内の方を含め、あらゆる機会に上段に昇って玉串を奉げて頂こう≠ニ思ったのです。勿論、本当の思いはおつとめ奉仕者のご守護まで導くことであります。そして、願い出た方始め、身内及び関係の方々の道に尽くされたご功績を出来るだけ詳しく書かせて頂き(特に葬儀に関しては)、その中に親神様に向かう姿勢、ご教理、信仰の求め方を書き綴ったのです。 どの人でも皆親神様の等しい我が子であり、生かされている感謝∞今日までの日々の御礼≠どのような節(喜びの節・つらい節)の中をも勇んで受ける心根を少しでも悟って頂くことが大切だと思ったのです。 祭り事≠ヘ簡単にでも済ますことが出来ますが、それを一つ一つ丁寧にさせて頂くところ、親神様に対する感謝の心が高まっていくものです。 今後も私の出来ることなら遠慮なく云って頂き、ご希望に添うような祭文を心を込めて書かせて頂く所存です。 教祖百二十年祭に向かい最後の一言、自己の成人を急げ 平成16年1月23日 |
| 鶴一分教会前会長 |
| 一 瀬 俊 夫 |
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| 一瀬俊夫先生、奥様(天理教鶴一分教会創立60周年直会) |
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ご紹介
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| 「私はもとより未だに求道途上の一旅人に過ぎませんが、終戦直後から今日まで約四十年間、親神様・教祖を身近に拝して、ただ一条に歩み続けてきた人生経験の角目を、洗いざらい披瀝して、大恩にいささかでもお報いしたく、拙文を顧みず。ペンを執りました。 本書を通して。たとい少しでも神意に添う陽気ぐらしの輪が拡がってゆけば、これに過ぎる喜びはございません。」昭和63年10月26日「神様のふところ住まい−21世紀の心づくり」あとがきより |